開かれた社会とその敵 〜めんどくさい民主主義を擁護する〜 特別区設置住民投票前日に

 こんなことはすでに忘れられているのかもしれませんが、大事なことだと思うので、記しておきます。

  1. 特別区設置(案)として当初は4種類の「パッケージ」が示されていましたが、特別区設置協議会での議論は一方的に打ち切られ、案はいつのまにかひとつに絞られていました。そして、協議会のメンバーは差し替えられて維新の会が増やされ、維新の会だけで現在の特別区設置協定書案がつくられました。
  2. いわゆる「大阪都構想」に反対の論陣を張る学者に対しては、そのテレビ番組出演をやめさせるために、維新の党としてテレビ局へ抗議し、圧力をかけています。
  3. 大阪市が実施した、特別区設置に関する住民投票説明会では、橋下市長は、「僕の説明会なんで」と発言しています。

 「決められない政治」が批判されてきました。しかし、「決められる政治」って何でしょうか? それは、ルールを無視してよい「政治」なのでしょうか。

 「変化が必要だ」と思う人は多いようです。では、その「変化」とは何でしょうか? 「どのような」変化でしょうか? 変化の中身の議論を抜きにして語られるものは何でしょうか?

 「抜本的にしくみを変えてしまえばうまくいく」と思うのは、この複雑な社会では単なる「願望」にすぎません。
 将来像をどれだけシミュレートしても、そのとおりにはいかない、という前提に立ちながら、それでも、そのシミュレートをショートカットするわけにはいかない、と僕は考えます。何しろ、1兆7,000億円(一般会計で)という規模のしくみの行く末ですから。しかし、現在の特別区設置協定書では、そのための最低限の作業すらされていません。

 「抜本的にしくみを変えてしまえばうまくいく」という考え方は「革命」であり、ファシズム・ナチズム・スターリニズムといった「全体主義」ともいえるものです。
 それは、「決められない政治」への思いというよりも、「決められない」「変えられない」自分(たち)の日常への鬱屈した思い(うらみ)が投影されたものだ、と考えた方が自然です。抜本的な/破壊的な選択というわかりやすさに魅力を感じるのは、僕たちの日常が複雑で地味でなかなか変わらないものだからです。
 そして、抜本的な/破壊的な選択は、しばしば、それ自体が目的となってしまって、その結果に関心を持たないという意味で、実は「他人事」であり、「自分の問題」ととらえていないのです。

 しかし、民主主義は、めんどくさいようにできています。手続きを経て、手順をふむことを要請し、けん制しあうしくみを組み込み、議論を重ね、そして妥協を重ねて、社会が少しずつしか変わっていかないようにできています。それは、民主主義が、人間は間違うということを前提にして、「開かれた社会」を維持するために積み重ねてきた知恵だといえます。
 このめんどくささを引き受けることが、現代を生きる大人の成熟なのだと思っています。さらに言えば、「任せて文句を言う」態度から、「参加して引き受ける」態度へとシフトすることが、これからの大人の成熟なのでしょう。これはほんとうにめんどくさいことですけどね。

 特別区設置協議会の議論の不十分性、メンバーの恣意性、権力者による異論・反論封じ、行政と住民・住民同士の意見交換の否定など、維新の会が行ってきたことは、自由と民主主義を基調とする「開かれた社会」の否定だと僕は考えています。
 「抜本的なしくみの変更」を性急に行うことは、そのプロセス自体が、住民自治をふみにじるものになります。住民自治を大事にするということは、プロセスを大事にするということであり、社会は少しずつ、断片的にしか変えていけないということでもあるからです。

 橋下市長の手法は、敵を特定し、敵を叩くことで支持を集めるというものです。敵対的な勢力は、そのような手法が必然的に生み出すものです。敵がいるから叩くのではなく、叩くから敵がうまれてゆく、という「マッチポンプ」な構造の中で、「大阪がひとつになる」ということはありえません。むしろ、「分断」をうみだすことになります。

 アメリカ大統領選挙では、勝利演説だけでなく、敗北演説によっても名を上げる場合があります。それらは、いったんは分裂して激しく戦い抜いた後の国民の、「再統合」を果たす儀式的な効果をもつからだといわれます。

 大阪に「分断」をもちこんだ橋下市長は、住民投票後に、どのようにふるまうでしょうか。あるいは、その反対者たちも。

 住民投票の結果がどのようになっても、ほんとうの議論と、めんどうくさい民主主義を引き受ける作業は、その後にはじまるのだと思っています。(特別区設置が決まれば、激烈な混乱と住民サービスの低下が予測されますが、そのことも含めて、引き受けるしかないということになります。今の住所から簡単に動くこともできず、ここに住み続ける身としては。)

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ミニ学習会「大阪市が分割になると社会的養護はどうなるか? 〜公表資料から読み解く〜」より(加筆版)
  児童相談所一時保護所の5区設置で1.7倍の経費増になるという公表資料をもとに考えています。
大阪都構想はよくわからないし、そんな良いことずくめなわけないと思うけど、大阪市が今のままでいいとも思えない場合は、住民投票はどうしたらいいの?
  単純な賛成、反対で割り切れない場合の妥当な投票行動について書いています。

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